9月の文楽公演は通し狂言(大物船矢倉、吉野船矢倉)義経千本桜だ。通しと聞いてはじめて文楽に行くことにした。
私達は歌舞伎には毎月1回行くのだが文楽は夫が高校生時代に1回、私ははじめて。そもそも歌舞伎の演目には文楽を元にした名作が多く、”丸本”と呼ばれている。いわばオリジナルである。その中でも3大時代劇(仮名手本忠臣蔵、菅原伝授手習鑑、義経千本桜)は特に人気があり、歌舞伎でよく演じられる。文楽は歌舞伎よりも場数が多く休憩時間が少ないため、昼夜通しで見るので超ハードスケジュールである。
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(国立劇場の緞帳)
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(開演前の太夫、三味線の席)
第一部 11時開演
初段 仙洞御所の段 11:00~11:21/北嵯峨の段 11:24~11:46
(休憩25分)
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(お昼のおにぎり弁当)
二段目 伏見稲荷の段 11:11~11:26(休憩10分)渡海屋・大物浦の段 13:46~15:30
第二部 16時開演
三段目 椎の木の段 16:00~16:32 / 小金吾討死の段 16:32~17:57 / すし屋の段 16:57~18:45
(休憩25分)
四段目 道行初音度 19:10~19:43(休憩10分)河連法眼館の段 19:53~21:13
何回も歌舞伎で義経千本桜を見ているはずなのに、あぁそうだったんだ・・と気づいた点が幾つかあった。まず千本桜の意味。義経、とタイトルに名前があるが、義経千本桜ではむしろ義経の周囲の人々に焦点を当てている。
‐ 渡海屋・大物浦の段では渡海屋銀平こと中納言知盛。
私は神戸出身なので、出てくる地名がまさに頭に浮かび、好きな演目である。
‐ すし屋の段ではいがみの権太。
この段のイヤホンガイド解説は高木秀樹さんだったので、非常に的確なコメントが多く聞きやすかった(高木さんは文楽のガイド出身)。”ゴンタ”というのは関西弁かもしれないが、言うことを聞かぬわんぱく坊主という意味だ。この”いがみの権太”の名前はそこから来ているらしい。
‐ 四の切り(切り、とはクライマックスとか最もその演目で盛り上がる場という意味)の河連法眼館の段では忠信、実は源九郎狐。
狐が自分の両親の皮で作られた鼓を慕って佐藤忠信という忠臣の姿に身をやつし、静御前のお供をして吉野山中にいる義経のところまでいく。歌舞伎では宙乗りやケレンの技巧がふんだんに使われ、見ていて楽しい場だが、人形の場合はどうなるんだろう??と思いきや、人形役割の吉田文吾が狐の人形を持って宙乗りしていた。そうそう、人形だけではなく人形役割の人(かしらを担当する人)もさかんに衣装を変えていたなぁ。
話が脱線したが、義経千本桜は桜が散るように様々な人々が命の花を散らしていく。それは勘違いであったり運命であったり色々な事情からなのだが、そうした人生の”無常”を”桜”という美しい最も日本的なものにたとえているのだ。観劇の回を重ねる毎に私のような素人にもそういった知識がついてくる。何回も同じ演目を見るのだが、見るたびに語り継がれきた伝統芸能の深さを感じる今日この頃である。
ところで、文楽の人形を操る人は3人いる。かしら(頭)と右手を扱う”人形役割”は顔を出しているが足など他の部分を担当する2人はいわゆる黒子。どうしても歌舞伎との比較になるが、文楽の場合は義太夫節というあらすじと台詞を担当する太夫、三味線、そして人形役割の3者が三位一体のように感じられる。どれが主役か、というと歌舞伎の場合はどうしても歌舞伎役者に見えてしまうのだが、文楽はそれぞれが対等、という感じがした。
昔のトーキー映画では語り部がいないと話がわからない。太夫と三味線はその役割を果たしているわけなので、当然重要な役回りというわけだ。
8月に義太夫体験教室に行ったので、今回は脚本についていた床本に目を通しながら公演を楽しむことができた。太夫は一人で全ての登場人物の台詞を語るので、声音を変えつつ唄ったり語ったり。汗だくだ。数人が交代で務めるのだが、紋入りの漆塗りのような卓を使い、はじめと終わりに床本を目の前に仰ぎ挨拶する。お客様そして脚本を書いた作者と演目に対する敬意を表しているらしい。今回は1等席で見たので舞台の人形だけではなく太夫もじっくり観察することができた。
ところで人形役割の中で私が注目していたのは桐竹勘十郎。1年前の9月初旬の平日夕方に地下鉄の永田町で文楽の実演(夏祭浪速鑑)をやっていたときは吉田簑太郎という名前だった。
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(夏祭浪速鑑の実演をする吉田蓑太郎(現、桐竹勘十郎))
その時の実演がとてもわかりやすく、今年3世桐竹勘十郎を襲名した人で雑誌にも登場している。今回はすし屋の段の娘お里という人形を担当していた。素人目にもうまいなぁと思った。何というか、娘役のオキャンなところや恥じらい、悲しみの表現がうまいのだ。
普段歌舞伎座に昼夜通しで月1回通っているが今回の通し狂言はかなり疲れた。座っている時間が長い割に休憩が少ないからだ。椅子は格段に国立劇場の方が上質(歌舞伎座では安い席で観劇するため)なのにお尻が痛くなってしまう。
自分達より年配の客が多いのだが、お尻が痛いなんて言ってる人はいない。皆、慣れているのか熱意があるのか・・・
公演終了時には雨が降っていた。新宿方面と東京方面に行くバスが入口で待機している。朝は半蔵門駅から歩いてきたのだが、新宿までバスで帰ることにした。
文楽は初体験だったが、これからも丸本の通しは見てみようと思う。人形といえば辻村ジュサブローさんの作った人形劇(八犬伝など)をNHKで楽しんだ世代だが、こうして疲れながらも1日見るのもたまにはいいな、と思った。伝統文化は奥が深い。
Posted by noriko at September 20, 2003 08:36 AM




