"書くまでに17年の歳月を要した"という新聞広告の文字につられて久しぶりにハードカバーの本を買った。横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」。あっという間に読みきり、爽やかな気持ちになった。
横山秀夫は現在公開中の映画「半落ち」や「動機」、「顔 FACE」などTVドラマ化された警察小説で有名な元上毛新聞記者。現役の記者時代の1985年、御巣鷹山の日航機墜落事故に遭遇し、そのときの取材体験を長編小説として発表したのがこの「クライマーズ・ハイ」だ。"クライマーズ・ハイ"とは山登りをしている時の興奮から"ハイ"になって恐怖感を感じなくなる状態のことで、そのまま山頂に上り詰める場合はよいが、途中で醒めると途端に恐怖が蘇り、一歩も動けなくなるという。
521名の犠牲者(実際には妊娠していた被害者の方もいらっしゃったので、胎児を合わせると数は増える)を出した御巣鷹山の事件については以前、山崎豊子の「沈まぬ太陽」を文庫で5冊一気に読んだ。事件や事故を比較することは不可能だが、神戸で震災を経験した私にとって"心で読めるノンフィクションに近い小説"は日航機墜落事故を取り扱ったこの2作のみだ。凄惨な事故を一読者として垣間見ることで、自分の心の傷を癒しているのかもしれない。
人は自分の根幹を揺るがされるような事件や事故に遭遇すると人格も考え方も変わる。一種昂ぶった興奮が落ち着くまで、または暗い闇の中から這い出すまで、相当な時間を要する。実際私も震災から9年目を迎えようとしているが、未だに震災関連の特集番組を涙なくして直視することができない。
主人公は北関東新聞(北関)という地方新聞社最古参の記者悠木。40歳の時に遭遇した日航機事故で悠木は全権デスクに就く。抜き記事といわれるスクープ合戦の興奮、小さな会社内での勢力図や派閥、・・・必ずしも正義が通るわけではない世界が、ページ数を感じさせないような猛スピードで展開されていく。登場人物それぞれが翳をもち、様々なものを背負って生きている。
さすがに現場の経験に基づく小説とあって、記者の興奮が伝わってくる描写。ただし過度に興ざめするようなものではなく、感情を抑えて淡々と綴っているところがいい。
悠木が全権デスクという大役を担った1週間で燃え尽きるのではなく、事故後の17年を地方(草津)記者として生き、そして山(岩)に登る・・・こうした"1人の人物の人生の一端"と"史上最悪の航空機事故の取材現場"を書ききった筆者の温かい視線と文章力に感動と爽やかさを覚えた。
横山氏の他の作品も読んでみたいと思っている。
映画「半落ち」の公式サイトはここ。
これは沈まぬ太陽(3)御巣鷹山編。事故現場の描写は凄惨極まりない。

わざわざTBありがとうございました。
1年以上前に書かれた記事にTBさせて頂いたので、何事かと思われたかもしれません。
お邪魔いたしました。





