
新国立劇場に團十郎丈演出のオペラを観に行った。
本日の感想
■ 打楽器と鳴り物の類似性
オペラで歌舞伎の演目をやると知った時から、打楽器を効果的に使うだろうと予想していた。事前の予想と大きくはずれていない演出・効果だったといえる。
特に「鳴神」の方は鳴り物、つまりオーケストラの打楽器(殊に木琴)の音が効果的だった。フルート奏者は敢えて強めに息を吹き込むことで尺八を思わせる。全体のマイナー調が幻想的な雰囲気とマッチしていて普段の下座音楽とは趣が異なるものの、「歌舞伎との共通点」を感じさせる演奏だった。
一方、「俊寛」は普段歌舞伎で観るストーリーを変更して悲壮感・絶望感を前面に押し出す演出にしていたため、「鳴神」に比べると従来のオペラに近いオーケストラ音楽だった。
■ 舞台構成は歌舞伎寄り
個人的に歌舞伎は平面的、オペラは立体的、な舞台という分類をしていたのだが、今回の舞台の演出は歌舞伎の舞台に酷似。「鳴神」はまだ歌舞伎の舞台を観たことがないのだが、「俊寛」は歌舞伎の舞台とほぼ同じだった。
(*)座席が4Fの一番上中央で舞台の手前から奥までを覗き込む感じだった(写真は夫のサイトをご参照ください)。
■ 歌舞伎の要素: 隈取り、ぶっ返り、黒子
「鳴神」は鳴神上人役が歌舞伎の隈取りのメイクをしたり、ぶっ返り(引き抜きの一種で、予め仕込んだしつけ糸を引き抜いて一瞬で衣装を変える効果。ぶっ返りの場合は上半身の衣装が変わるのだが、性格の変化をあらわす)を使ったり、はたまた黒子が出てきたり・・・と歌舞伎を意識した演出があちこちに織り込まれていた。
■ ラストの迫力に欠ける
「鳴神」は市川宗家のお家芸、荒事の中でも歌舞伎18番の内の演目だ。従って、本来の歌舞伎ならばラストの決めでは"ニラミ"が堪能でき、舞台が締まる。さすがにオペラではニラミはなく、ラストシーンが迫力に欠けた感があった。
「俊寛」も同じくラストの悲壮感、という感じでは芸達者な歌舞伎役者に軍配が上がる気がする。
■ 朝日解説事業、コンピュータ制御の字幕表示装置で存在感
舞台の両脇には字幕表示が出るため、オペラ歌手の歌詞がよくわかる。だが、文字で読むとやや興ざめの部分も無きにしも非ず。というのも、言葉が現代語だったから:-p
■ 存在感バリバリの花井幸子
幕間に飲み物を頂きながらうろうろしていたら、存在感抜群のマダムが・・・。どこかで見たことがあるなぁと思ったら、後でカーテンコールの時に現れた花井幸子だった。昔、商社時代に出張でパリのシャルルドゴール空港で見た時に比べ、相当貫禄が増した感じ:-p
■ カーテンコールで團十郎丈登場
「俊寛」が終わってからの最後のカーテンコールで、"待ってました"、成田屋さんの登場です。指揮者の秋山氏やデザイナーの花井氏とともにカーテンコールで現れた團十郎丈は着物姿。3日間の公演中、ずっと出ていらっしゃるんでしょう。お疲れ様です。夫が成田屋後援会(ファン倶楽部と言って顰蹙を買う私・・・)に入会したので、受付デスクがあるかどうかも探してみたが、新国立劇場のどこにも成田屋の受付はありませんでした。
Posted by noriko at January 31, 2004 11:30 PM | トラックバックはじめまして (^。^)
オペラ堪能されましたか?
NHK教育で放映されないでしょうか?
私も子供が生まれるまではいろいろ通いました。
子供ができてからは、「親子劇場」に入って、子供達といろいろ観てました。
東京はいろいろ催しが多いので、嬉しいです。
とにかさん、はじめまして。コメント有難うございます。
今回の演目はそれぞれ小一時間ずつで幕間が30分だったので、通常のオペラ(といっても私は海外で数回観たのみですが)よりは観劇時間が短くゆったりした感じでした。観客はオペラファンと歌舞伎ファンどちらが中心だったのか不明ですが、掛け声がかかっていたので歌舞伎ファンがいたのは確実です。一般のオペラでは歌手の台詞が聞き取りにくいことが多いのですが、そこは歌舞伎の團十郎丈演出とあってか聞き取りやすかったです。また字幕もついたこともあって、慣れていない人でもわかりやすかったと思います。私が観た回はカメラが2台ほど入っていましたが、放送局のものではありませんでした。
夫曰く、NHKは放送予定がある場合は自社カメラを持ち込むはずなので、当面は予定がないのではないでしょうか。ただ、新国立劇場から借りて放送することも将来あるかもしれません。
確かに東京は色々な催しがあるので、特に結婚してからはまだ子供がいないこともあって堪能しています。お子さんがいらっしゃるとまた別の視点で楽しめそうですね(^^)
Posted by: のりこ at February 1, 2004 12:55 PM




