August 12, 2004

自分にないもの

ここ数日の微熱は「気」からくるものです。逃げたい気持ちに体が反応しているのです。捨てることができる、割りきれる仕事はパスして、本当に組織として重要だと思う仕事を優先するため、かなりフラストレーションが溜る日々です。昨日は親友が娘と神戸から日帰りで上京してましたが、会うことは叶わず電話で短い会話をすることができただけ。でも電話の向こう側の声は何年経っても変わらず、すぐに私だと気付いてくれました。
彼女とはじめて出会ったのは神戸市立中学高の生徒会会議。市立中学の生徒会役員数名ずつが一同に会する場で同じグループになったのが縁で、その後、偶然同じ高校の同じクラスになってからはやxx年。

彼女の結婚式では私がエレクトーンを演奏しました。友人代表のスピーチでは感極まって涙ボロボロになりながら友人とご主人の幸せを祈って大好きな曲「追憶」を心をこめて弾きました。今でも鮮明に覚えています。

彼女は夫婦共働きで中学高の先生をしています。子供は2人(一姫二太郎)います。下の男の子の出産はまさに震災後の混乱時。よく頑張って病院まで行ったなぁと感心しました。

ご主人がロスにある日本人学校に赴任になったことを期に昨年まで3~4年は休職し、一家4人ロスで過ごしてました。渡米前に会ったのが最後です。滞在中にロスに遊びに行けなかったのが心残りですが、皆無事に帰国し、今は夏休みです。

実は彼女は娘の耳の手術のために上京しています。小耳症というそうで、難しいことはわかりませんが、生まれつき片方の耳が小さくて友人がそれを知らされたのは、出産が終わってしばらくしてからだったそうです。当時は相当ショックを受け、私も聞いたのは数ヶ月ぐらいたってからのこと。ただ、まだ乳児で内耳があるかどうかもわからないし、形成の手術をするにも、ある程度成長して耳の大きさが定まってからしかできないとだけ聞いていました。

子供ってある意味残酷ですから、人と違うものを持っている他人に対して差を感じ、それが差別になります。例えば、帽子にゴムをつけて飛ばないように止めるには両耳がある程度の大きさがないと止まりません。女の子だから髪を長くすれば隠れてしまうかもしれないけど、そんな些細なことに子供って気付いてしまうんですよね。でも彼女の娘は母親似で、耳以外は全く他の子と変わらず、というよりそれ以上に健康かつ元気。喧嘩をしても男の子に勝ってしまう気丈な子に育ったようです。

12歳になったこの夏、優秀な形成外科医を探していろいろな場所に母子2人で旅をしているそうです。今のところ、世界的に有名な形成外科医が埼玉県にいるそうで、東大病院の紹介状を持って、水曜日に診察のために来た、というのが今回の上京の理由だそうです。

ふとファインディングニモを思い出しました。ニモは小さな幸運のヒレを持っているといって父親に大切に育てられていました。あれは米国映画だからDisableの人を差別化しないようにという意図があるのかと映画を見た時には感じましたが、友人の娘もニモみたいだな…と思いました。幸運の耳を持って生まれて、逆境にも負けない、そんな子に育った。ニモみたいでしょう?

そして、多少のこと、プレッシャー、ストレスで負けてちゃいけない、きっと友人の娘はもっと元気なんだ、と思うと何となく今まで不満を抱えていた自分が恥ずかしくなりました。

手術は実際にどこで行うのかなど詳細はわかりませんが、私にも何か役に立つことがあればと思っています。友人の上京を期に、自分にないもの、足りないもの、に気付かされ、やはり友人っていいなぁと思いました。

Posted by noriko at August 12, 2004 01:52 PM | トラックバック
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