January 09, 2005

静と動: 異国で眠るキリシタンと豪華絢爛ナイトショー

3日目はパンダバスの「欲張りマカオ・深圳華南2大都市めぐり 」ツアーに参加しました。マカオに行くのは2回目で前回自力で行った際は結構歩き回ったので、「坂道が多い町」というイメージが強かったですが、1日で2箇所をまわるにはツアーで行く方が手っ取り早いですね。

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九龍側はカオルーンホテル(7時)とホテル日航、香港島側はマリオットがpick up場所になっています。パンダバスが催行しているマカオ半日ツアーと1日ツアーの方も午前中の行動は一緒なので合計7名でマカオへ向いました。

上環フェリーターミナル(港澳碼頭)からジェットフォイルで約1時間。停泊中のジェットフォイルは揺れに揺れまくってます(苦笑)。船酔いの薬を飲んだものの元々船酔いしやすいので、最後の方に乗り込み、そこからはひたすら寝ることに・・・。

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マカオに到着すると観光ガイドとしてマカオ在20年になるという東(ひがし)さん(日本人です)が待っていらっしゃいました。建設中の大きな建物がいくつかありましたが、中国本土からのギャンブラーを対象として新たに米系資本のカジノが2つぐらい進出してくるそうです。マカオは珠江(Pearl River)の河口に位置し、中国の本土南海岸から突き出たマカオ半島と沖合いのふたつの島からなる特別行政区です。
まずは「マカオ」の名前の由来となった世界遺産申請中の「媽閣廟」から観光がスタートです。

媽閣廟

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マカオ最古の道教寺院で、船乗りの守護神“阿媽”が祀られています。木製の半月形のものを目の前にかざして願い事を1つだけ念じながら3回回した後、目の高さから下の台に落としたときに出た形によってその願いがかなうかどうかがわかる、という占いを参加者全員がやってみました。私はかなり難しい(?)ことをお願いしたようで、一番時間がかかりましたね(苦笑)東さんからは「余り難しいことはだめですよ」なんて釘をさされてしまいました。

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(このように表と裏が出ればOK)

ベトナムでもそうでしたが、海の神様、船乗りの守護神を祀っている寺は赤を基調とした華やかな色彩で、中には天井から螺旋形の巨大な線香がぶらさがっている・・・というのが定番のようです。

「セナド広場」

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マカオ旧市街の中心部であるセナド広場付近はピンクや黄色の建物、ポルトガル風コロニアル建築、波状模様のモザイク タイル・・・明らかにここはポルトガル領だったんだという面影を残す場所です。

ガイドブックに必ず載っている牛乳プリンで有名な義順牛(女乃)公司の本店もあります。私は香港で牛乳プリンと卵プリンを食べたことがありますが、よく言えば素朴な味、メリハリのないというか素材そのままというシンプルなプリンです。牛乳プリンは牛乳そのもの、卵プリンは黄色いだけあって卵の匂いがする、日本人が考えるプリンよりは甘味をかなり抑えた茶碗蒸しに近い(苦笑)感覚?!なので、今回は食べませんでした。

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(義順牛(女乃)公司)

セナド広場にはまだクリスマスの飾りつけが残る中、先日のスマトラ島沖地震被災地域への募金活動のステージの準備が整えられていました。ここでバスを降り、なだらかな坂道を歩きながら聖ドミンゴ教会、セントポール天主堂跡、そしてカジノの資金で建てられたマカオ博物館と回ります。

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(1ドルの募金でこのシールをつけている人がいました)

「聖ドミンゴ教会」

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17世紀にスペインのドミンゴ修道会にによって建てられたバロック様式の教会で、中に自由に出入りできます。セナド広場から聖ドミンゴ教会、そしてセントポール天主堂跡と道は続きます。

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(セントポール天主堂跡に行く途中にあった、天津甘栗屋さん?/日本の雑誌も沢山/バロットとかホビロンとか言うんでしょうか?手前の縦筋の入った卵は孵化直前のものといいます)

「セントポール天主堂跡(大三巴牌坊)」

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17世紀初頭にイエズス会派のイタリア人宣教師によって設計された大天主堂でその建築には日本人も携わったといわれています。1835年に大部分を焼失してしまい、現存するのは正面の壁と階段のみ。正面の壁には菊をかたどった彫刻があり日本を表しているといわれています。
正面の壁の後方にある博物館のガラス製の棚には、17世紀のキリシタン狩りで殉教した日本人の遺骨が展示されています。日本ではキリシタンに対する弾圧は死後も続いたそうで、遺体が埋葬されてもその墓が掘り起こされたそうです。そうした殉教者たちの骨を仲間のキリシタンが船でマカオまで運んだものの一部が博物館で今も眠っています。日本から研究者がやっていて遺骨の鑑定をしたそうで、1604年没、1615年没、など亡くなった年や八代、有馬などの具体的な地名とともに殉教者の名前が刻まれています。
遺骨が収められている場所では時折教会関係者によるミサが開かれるそうですが、異国の地に眠る殉教者たちも故郷の地を踏みたいのではないでしょうか?

「マカオ博物館」

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セントポール天主堂跡の近くに砲台があるモンテの丘があったはず・・・と思いきや、マカオ博物館になっていました。前回はやたら坂道が続く中、汗だくになりながらたどり着いた思い出がありますが、今回はセントポール天主堂跡に隣接したマカオ博物館のエスカレーターで楽に到着。

ポルトガルケーキ工房見学(日曜のため、工場はお休み)

(ここでモーニング・マカオの方をフェリー乗り場に送って、私たちはセナド広場のすぐそばにあるポルトガル料理屋さんで昼食です。)

ポルトガル料理の昼食

ポルトガル料理ははじめてでしたが、日本人には食べやすい味です。野菜スープに始まり、マッシュポテトを揚げ物、 豚ロースの焼き物、鰯の焼いた物、チキンライスにトマトソースをかけたもの、サラダ、コーヒー、デザート(プリン)、というコースでした。

マカオ1日コースの方はこの後、旧総督府 (車窓見学)、聖ローレンス教会、聖ジョセフ聖堂を回って香港に帰られます。)

14:00 フェリーで深圳へ移動

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この後、フェリーで深圳の蛇口へ移動。フェリー乗り場では現地の人たちは並ぶ習慣がないようで、日本人についているガイドの人たちが人壁を作って私たちが無事に乗り込むまで見届けていらっしゃいました。でもフェリーに乗った後は指定された座席なんて全く無視でどこに座ってもOK(ただし2階は追加料金が必要)。移動は約1時間半でほとんど爆睡状態でした(苦笑)

蛇口から中国民俗文化村まで車で約1時間ほど移動していると、高層マンションが立ち並ぶ郊外、建設ラッシュの海辺、と深圳の近辺の開発が急速に進んでいる様子がわかります。ガイドの郭さんは黒龍江省ハルピン市(哈爾濱)の出身で大学で日本語を専攻して今の仕事についています。(ちなみにハルピン市では場所がらロシア語もよく使われるため、郭さんもマンダリン、ロシア語、日本語が話せるとのこと。すごいです。)
深圳の住民の平均年齢は26歳、工業団地で手先の細かい話を求められるため女性の割合の方が多く、結婚する際には実家に皆戻っていくそうです。

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「中国民俗文化村」

敷地内には錦繍中華(ミニ・チャイナ)と中国民俗文化村が隣接しています。中国各地の名所旧跡をミニチュアで再現したミニ・チャイナをまわった後、24の少数民族の文化・生活を紹介する中国民俗文化村に行きました。ここの売りは豪華なナイト・ファンタジーです。19時にショーが始まる前に四川料理の夕食。ボリュームがありすぎ・・・(苦笑)

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ペー(白)族の女の子と入口で記念撮影)

<ナイト・ファンタジー>

これはですねぇ・・・宝塚と劇団四季と中国雑技団と小林幸子をミックスしたみたいなショーです(^^)とにかくステージには人、人、人・・・。言葉で説明するより写真の方がわかると思います。ちなみに毎年旧正月からショーの内容を新しく変えているそうです。日本語、ハングル後、英語の字幕がつきます。

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最後に深圳の果物屋さんに立ち寄って、通関を経て香港に戻ります。何分、週末は香港から深圳へ行く人が多く、つまり香港に帰る人も多いのです。Visitorの列の方が短いぐらい・・・でした。


Posted by noriko at January 9, 2005 11:43 PM | トラックバック
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