December 26, 2006

二次感染、三次感染

小さな子供のいる家庭では一家で病気に感染すると聞いてはいたものの・・・。全くもって悲惨な目にあいました。22日お昼ごろ、お腹に差し込むような痛みを感じて、先だってからのムカムカ感と合わせて嫌な感じ。夫に予定をキャンセルして早く帰れないか聞いてみても「無理」。

午後から近所の医者に行って帰宅後休んでいると悪寒が走ってみるみるうちに熱が上がり、脱水症状+過呼吸から両手足が痙攣。これじゃみのりのオムツ替えすらままならぬ。と、夫も下していて帰宅中との連絡が入り、みのりを任せられるかどうか取り合えず様子を見てからにしようと耐え忍んでいると、帰りに医者に寄って生ける屍状態で帰宅しました。これでは一家3人どうしようもない、とこわばった手で携帯電話を取り119をダイヤル。うちはオートロックだし夫がドアに施錠しているので結局私が起きて全て解除しなければならず、そうこうするうちに消防隊と救急隊が順に到着しました。結局夫は自宅で寝ていることを選択したのでみのりを置いていくわけにいかず、救急隊の方に抱いてもらって私だけが救急車で日赤へ搬送。

こういうときは点滴しか手がないし、うてば多少は楽になるだろうと思いきや、痙攣は治らない、足までつる・・・とどうにもしんどくて仕方がない。お医者さんはあと1時間かけて筋肉を緩和する薬を点滴すれば改善するだろうと説明してくれましたが、みのりがこのままじゃ耐えきれないと判断して帰ることにしました。私の点滴が開始されるまでは救急隊の方がみのりをずっと抱いてくださってオムツ替えまでしてくれましたが、搬送が終わったら任務に戻らなければならないわけで。如何せん運び込まれたのが救急部。しかもみのりはまだ病後状態で看護士さんたちもお忙しいので(親戚か友人が助けにきてくれないなら)「乳児院に入れるしかないですね」と看護士さんに言われてしまいました。あいにくうちは両実家ともに関西、親戚筋も唯一数時間ぐらいみのりを見てもらえるかと期待した叔母も駄目、となって自分はしんどいやらみのりは不憫やら・・・。

考えられる方策がない絶望感の中で苦痛に喘いでいましたが、結局年配の看護士さんがみのりをしっかり抱いて面倒を見て下さいました。本当に感謝です。

結局救急隊から連絡を受けていたうちの実家の両親が翌日上京してくれ、何とかみのりだけでも面倒をみてもらえる・・・というところまではよかったのですが。日曜未明から母の具合が悪くなり、翌月曜に私がかかりつけの医者に行って帰るとすぐ父と一緒に神戸へ帰りました。そう、三次感染してしまったのです。

夫は「寿命を縮めてまできてもらうのは」というし、日赤に来れなかった叔母は「義兄(=父です)さんに、すぐよくなるから行かなくていいわよと言ったんだけどね」。確かにそう、あなたたちの言うことは正しいし、叔母に三次感染したら申し訳なかった。でもね、みのりを生んで退院した後もそうだったけれど、実家の両親以外に助けてくれる人がいないってことが本当によくわかりました。

私は腸が弱いし昔食中毒で入院したこともあるため、胃腸炎にはイチコロ。他の人より症状が重くて回復も遅いので用心はしていたつもりでしたが、小児科の先生曰く、子供の病気の感染を防ぐ方法はただ一つ、「面倒をみないこと」。そんなの無理に決まってる、つまり防ぐ方法はないらしい。

神戸に帰って毎日点滴をうっている両親。私より基礎体力があるから治るのは早いかもしれないけれど如何せん高齢ですから、帰省したら家の手伝いをしようと思います。

Posted by noriko at December 26, 2006 02:13 PM | トラックバック
コメント

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まったくもってたいへんですね。
緊急体制をどうひくかまじめに考えることにしました。

お大事に。

Posted by: nagasawa at December 27, 2006 05:48 PM

モダシンさん、

今回ほど助けがないことのつらさを痛感したことはありませんでした。母は5キロも痩せてしまい、体調回復にかなり時間がかかりそうです。病気、災害などなど、子供のいる家庭は二重三重のセイフティネットが必要だと頭でわかっていながら、無策だったため、考えを改めようと思います。

Posted by: のりこ at December 31, 2006 12:08 PM
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