1995年1月の震災後、怒涛のごとく過ぎ去った日々の中やっと実家に帰省してぼんやり朝のニュースを見ていたとき、あたかもドラマと見間違うような非現実的な、そう私を含めてきっとほとんどの日本人にとって理解しがたい事件が伝えられていました。それ以来「霞ヶ関駅」=国内初の大規模テロ、という印象が刷り込まれ、どの路線で霞ヶ関駅を通っても毎回複雑な思いを感じます。どこの交番にも貼ってある、色あせたオウム信者3人の指名手配写真を見ても同じ気持ちに。どうしてか・・・それは恐らく、オウムの事件って何だったんだろう?という疑問が解けないから。
2006年開高健賞を受賞した「さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生」の著者、伊東乾さんは豊田亨被告と大学の実験でペアを組んだ同級生。この人の本が私の抱く積年の疑問を解く一助になるかも?と思って読んだのがこの本でした。
「サイレント・ネイビー」とは海軍の言葉だそうです。陸軍に比して「沈黙の海軍」として、「軍人としての本務に邁進し、大言壮語を慎む。全力で責任を果たし、失敗しても言い訳をしない。」という大英帝国海軍の精神をもって豊田被告は裁判では「(自分が何かを発言すると)被害者の方が不快だろうから(または不快になるだろうから)」と沈黙を保とうとしているが、そうではなく真実を明らかにすることで「失敗学」のデータを残す、これこそが必要なことだ…というのが著者の伝えようとしているところです。
私自身は残虐な事件を起こした人間は死をもって償う他はない、という考えや死刑廃止論についてとやかく語ることは出来ません。ただあの事件はまだ日本人の中で、この国のシステムの中で解決していないと強く感じました。裁判の行方はわからないものの、原因究明、失敗防止、知識配布という試みをしなければ「臭いものにふた」ではまた新たな震撼とする事件が起こりかねないという恐れを抱きました。
著者は最後の豊田被告への手紙で百折不撓(ひゃくせつふとう)という言葉について、そして著者の亡くなられたお母様について書いています。プチ鬱も含めた鬱病が一般的となった今の時代、「肩の力を抜いて楽に生きよう」、「無理をする必要はない」、「あなたのペースでやればよい」といった言葉がキャンペーンのごとく乱舞しています。百折不撓なんてアタックNo.1の世界のように戦前から昭和時代の遺物かもしれない・・・でも不撓=撓まない(たわまない)とは、芯が強いだけではなく、実は柔軟なことではないでしょうか?強い力や障害によって心が曲がったり疲れたり、ひいては屈することは皆経験済みのこと。真実を知る被告たちそして現在も教団に残る人たち、彼らに真の意味で百折不撓となって欲しい。世間の力ではなく自らの心、すなわちマインドコントロールによって一時的に撓んだところを認め、そして再び自分たちを取り戻して欲しい。それによってきっと私たちのあの事件に対する「すっきりしない気持ち」が少しでも救われるのだから。
Posted by noriko at June 29, 2007 04:42 PM | トラックバック




