今年もリトミックの発表会がやってきました。昨日はプールの後、即効で帰宅。熱が37.7度まで上がったものの、プールの参観とリトミックの発表会は這ってでも行かねばならぬ行事。風呂にも入らず、髪も洗わず、とにかく寝て少しは体調も落ち着きました。
みのりは一応発表会では、そこそこ出来るんですけど、今回はお風呂で少し練習をして臨んだせいか、まずまずちゃんとやっていたんじゃないかな?と自己満足。いつも発表会会場は暖房が強く、みのりは頬が真っ赤になるので、セーターなど厚着はさせず、白いボタンダウンのシャツに大阪の夫の妹(みのりの叔母)に昨冬買ってもらったコーデュロイのパンツできめてみました。
みのりのクラスは丁度「乱」といわれる世代、3歳児集団。普段から結構走り回ってる子もいて(ついこの前までのみのりです…)、どうなるかな~と思っていました。やはり本番途中で、大声で奇声をあげて走ってる子もいれば、客席にいる方の親元に行ったままになっている子など色々いて、なかなか騒々しいのですが、それもご愛嬌。
来期も継続するお友だちが多いようなので心強いです。0歳からのお付き合いの人も複数いるので、保育園とはまた異なる赤ちゃんからの細く長いお付き合い。話した限りでは幼稚園に入園する子と保育園に通っている子、半々ぐらいですか。
ところで最近、みのりは「ピアノやりたい」と言ってます。音楽は何らかの形で続けさせたいと思っていますから、音符を習い始める来期が終わるまでに次の進路を考えようと思っています。
先日読んだ内田樹先生の本に、先生自身が自戒をこめて、「与えられた情報を鵜呑みにせず、一度は本当だろうか?と疑ってかかるようにするようになった」、という内容の箇所がありました。妙に腹に落ちたので、物事を見るときに一呼吸つくように心がけています。で、遅ればせながらでマスコミ各社がこぞって報じた、村上春樹氏のエルサレム賞受賞式でのスピーチについて。
報道だけ読んでも、本当にそんなことを言ったの?という具合に、自分の中に疑問形が残ったままだったので、47Newsに掲載されていた共同通信の記者が事前に当局からもらった原稿をもとに実際のスピーチ内容をテープおこしして修正した英語、日本語訳の全文を参考にすることとしました。テープおこしの正確性については、出典元である47Newsを信じるほかなく、その点はリスクとして置いておき、やはりマスコミ各社の報道では事実誤認をしてしまうということを痛感しました。
ガザでの攻撃では(イスラエル、ハマス)両方を非難、とか書いていた社がありましたが、多分、想像するに、当局から入手した原稿を元に記事を仕上げて、実際のスピーチ内容に合わせて修正しなかったのでしょうか?「弱者を卵にたとえて云々」という書き方も、そういう解釈もあるでしょうけれど、村上氏は「壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです(more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell)」と言っていて、忠実にニュートラルに読めば、殻をひたすら強調しているのではないことがすぐわかります。むしろ、壊れやすい殻の中に入った一人ひとりが画一的ではない、尊重すべき存在(魂)である、と言っている方がこの文章の主な部分です。この「個性的でかけがえのない心」を持った個々人が体制(システム)によって食い物にされ、操られていることに問題提起をしているのです。
今回に限ったことではないのは百も承知ですが、とにかくおかしいな?と思った記事は、それを書いた記者の見解に読者を導こうとする、あえて言うなら「トラップ」があちこちにちりばめられています。
私が入手できるデータの中で最も信憑性が高いと判断した47Newsの掲載文を元に色々なことを考えてみましたが、ソース自体が間違っている可能性も否定できません。そうなると、そのデータを選んだ私の判断ミスであり、自己責任ということになります。
村上春樹氏本人でない限り、わからないことだらけではありますが、きっと今回大きく取り上げられた彼の行動、スピーチは、私達それぞれが自分の責任のもとで判断を下し、その判断に責任を持つよう示唆しているように思えてなりません。手放しに賞賛するだけではなく、(報道内容などを含め)何が起こっているのか、いい年の大人なら(子どもでもいいです)、考えてみてはいかがでしょうか?
(以下は47Newsに掲載されているものの抜粋です。)
続きを読む...今週は一瞬、嘔吐下痢症に罹った?と思うような排便があったので、昔もらった整腸剤を飲ませて事なきを得ました。今日は2年間続けてきた親子水泳の最後の参観日。いつものようにビデオとカメラを抱えて…というところでしたが、どうも体調下降気味の私、途中で立って撮影するのが辛くなる始末でしたが、何とか撮影終了。でも当のみのりはご機嫌かなり斜めでビデオではとにかく泣いて暴れていました(苦笑)。
4月からは別のスイミングスクールに、今度はパパなしで通う予定です。大丈夫かなぁ??
月曜朝は平熱やや高め状態位まで熱が下がったので、保育園に連れて行きました。出社後pendingにしていた案件を片付けていつ保育園から電話がかかってきても対処可能なようにしていたけれど、電話が鳴らず、夕方様子伺いでこちらからかけてみると37度はあるものの、食欲もあり、普通に遊んでいるとのこと。取り合えず火曜からまた寒くなるので風邪ひきが多くなる前に医者に連れて行こうと、会社を早退しました。
結局、咽喉もはれてないし、呼吸音も綺麗。考えられるとすれば、土曜から止まっている便通のため、若干熱が高めかも?ということ。保険で浣腸はもらっているけれど、極力自然に排便させたいので本人も苦しがってない今回はもうしばらく様子を見ることに。というわけで、今日も元気に登園、排便はまだ…です。
昨日は父子→親子水泳、私→花粉症の薬、みのりの薬をもらいに医者めぐり&ピラティス、という具合に2月とは思えぬ陽気の中、久しぶりに汗だくになりつつ過ごした一日でした。どうも食欲のない息子。後で聞いたところによると、珍しく親子水泳を途中で切り上げた…今のプール大好き状態でそういうのは何かの徴候でして、大好きなお魚ソーセージもから揚げもいらないというから気になって熱をはかると38度。ライオンキングに次いでまたまた四季の舞台に行けないかも?と半分以上覚悟を決めて、今朝熱をはかると36.7度。微妙・・・で、いつものように全然起きてこない夫を尻目に本を読んだり、録画していたニュースを見たり、としている間に37.6度に熱は上がってるし。
どうしようか散々迷いましたが、具合悪そうなら途中で帰ればいいやと腹をくくってウィキッドに連れて行きました。どうにもお口にチャックは無理なお年ごろですから、最初から親子観覧室行き(苦笑)。A席の最後列中央だったので、見やすいけど途中で出ることは不可能なので、貸切状態で親子観覧室を使えたのはラッキーだったかもしれません。
今日の出演者は、
グリンダ 沼尾みゆき
エルファバ 樋口麻美
ネッサローズ 鳥原如未
マダム・モリブル 武 木綿子
フィエロ 北澤裕輔
ボック 金田暢彦
ディラモンド教授 前田貞一郎
オズの魔法使い 松下武史
という面々。
私は四季の舞台通ではないし、キャスト面では全くのど素人。でも今日のグリンダ役の沼尾さんの高音域の咽喉にストレスのかかる発声よりも、エルファバ役の樋口さんの低音の伸びのある声の方が好きです。フィエロ役の北澤さんも声質、声量ともに役に合っていたと思うので、キャスト面では結構満足度が高い舞台でした。毎回残念に思うのは、四季のメンバーは外国人ほど綺麗に高音域の声が抜けない点。毎日の舞台で咽喉を酷使しているというのはわかるけれど、あの発声だとさらに咽喉に負担がかかっているように感じます。自分の音域よりキツイ曲が多いんでしょうかね?
みのりは後半途中で寝ましたが、最後のところで起きて拍手、カーテンコールまで見てから帰路につきました。体を動かして少し汗をかいたので、帰宅後しばらくして熱を測ると37.2度。再び微妙なところです。今週は保育園に行けるかなぁ(=仕事に行けるかなぁ)??
今シーズンの目標の1つはみのりにそりデビューさせること。秋は芋ほりに行き損ね、インフルエンザでライオンキングも飛んでしまい、めぼしをつけていた狭山スキー場に行こうと企画した日も、若干1名が昼まで寝ておじゃんに。そりデビュー危うし!でした。今日もいい加減起きてこない夫にぶちきれたので、計画変更目前のところまで行きましたが、朝からYoutubeで「そりとは何か?」を予習していたみのりが「そりに行きたい」と言ったのが鶴の一声になり、重い腰をあげて何とかお昼前にうちを出たのでした。
せっかく遠出するので、わざわざ時間をつぶしてレッド・アロー(西武の特急)に池袋→所沢まで1区間乗ってみたりしたので、お出かけ大好き、乗り物大好きの息子は上機嫌。狭山スキー場には初めて行きましたが、今は無きザウスを想像していたので、概観の普通っぽさにちょっとびっくり。スキーを滑った夫曰く、傾斜がザウスの半分ぐらいしかない感覚だそうです。
今日はみのりに付き合おうと、全くスキーをする気がなかったのでウェアと靴だけレンタル。みのりは初めてのスキーブーツでガンダムみたいな歩き方でしたが、歩きにくかろうが全く意に介せず、「そり、行こう!ママ、そり!」みたいなノリ。初めてだったのにも関わらず、1発で途中転倒せずに滑りおりると歓喜の声をあげておりました。最後にクッション代わりの大きな緩衝材にぶつかるまでの感覚が楽しくて仕方なかったようです。最初のうちは、滑り降りた後の斜面を上がるのが難儀でソリに乗ったまま私が引き上げていましたが、途中で自分からソリを持って斜面をあがる意欲。かなり気に入ったみたいです。
混み合って来ると人とぶつかったり、空いてるスペースを見つけて滑らせるも、斜面にできた凹凸でコースが変わってコースアウトしたり、とスムーズに滑ることができなくなった頃、「ひざが濡れちゃった!」と訴えるのでそこでお開きに。後で見ると、片方の足だけ膝まで濡れていたのが不快だったようです。夫がスキーブーツを緩めてストッパーが外れていたことが原因。
帰りはひばりが丘から副都心線に乗り換えて急行で渋谷まで行くことにしました。まさか副都心線のこんな端の方まで来るとは思わず、急行だと結構早く都心まで出てこれることを実感しました。
この調子ならスキーも好きになりそうな感じがしますが、何分、怖いもの知らずなので最初はスクールに入れて安全滑走できるよう仕込んでもらおうと思っています。ちなみに狭山スキー場では、4歳からリフトに乗れるし、4歳からスクールに参加できるそうです。
そうそう、他の方が持っていた小さなプラスチック製のスキーが気になったので聞いてみると、長靴で滑ることのできるスキー板だそうで、幼稚園ぐらいまでは使えるとのことでした。
3月の学期末が迫ってきた今月、みのりが続けている習い事の一つ、親子水泳の最後の参観日があります。当然、いつも通りビデオカメラ&デジタルカメラを抱えて撮影にいそしむ予定ですが、何となく2年間の親子での習い事の一つが終わると思うと感慨深いものがあります。
一方、リトミックも今月は発表会が控えており、かなりこちらも「リトミックらしい」動き、演奏ができるようになってきているのが見ていて嬉しい限り。3、4歳児の発達診断の本を読むと、「自我の誕生と拡大、充実」の時期、つまり親からの船出に向けた準備が始まる時で、ともすればこれまでの成長とは逆行したりと「乱」の時期ともいえるそうです。確かにリトミックのお友だちを見ていても、これまで本当に両親の元で教室という公共の場所でのマナーが守れていた子が突然奇声を発して走り回ったり、泣いてクラスにほとんど参加できなかったり、と様々です。みのりは走り出すギリギリのところで何とか私がコントロールしていますが、これまで最初に名前を呼ばれて何故か、「ハイ」と言えなかったのに(←満面の笑みではあるんですが)、ちゃんと返事をするようになるなど、それなりの進化は遂げている気がします。
保育園のお友だちのなかにも、来学期4月から私立幼稚園に通う子が数人いるので、うちでも「○○くんのいく幼稚園は△△幼稚園っていうんだよ」、みたいな会話が出ています。何となく「幼稚園」というのがあるんだ、と認識はしているようです。
今日はインフルエンザで2週間お休みしていた親子水泳に父子ともに復帰の日ですが、水泳の前に区立幼稚園の作品展を見に行ってきました。最近の幼稚園では手編みのマフラーや縄跳びの縄、絞り染めにクリスマスリース、と色々な創作に力を入れているんだなぁと感心してしまいました。楽しみにしていたダンボール箱で作るグループ創作は、500系新幹線、バス、潜水艦、馬、とそれぞれのグループ毎の作品となっており、乗り物類の下には台車が取り付けられていて、ちゃんと乗って遊べるようになっています。残念ながら、展示中はさすがに乗せてもらえませんでしたが、自分たちで作って乗って遊んで、壊れたら直してまた乗って…と考えるだけでも楽しそう♪ 壁一面に貼ってある数々の絵は、1年に5回というバス遠足に行ったときの様子が描かれていて、水族館の創作は、それぞれの箱を水族館の水槽に見立てたもので、水族館で見たであろうお魚、タコ、クラゲ、亀などが箱に櫛でつられており、上下できるようになっています。そして紙粘土で作られた、青や紫、オレンジなどのヒトデ(顔がついている)や、海草が水槽の下面に置いてある、というもの。体験したことを表現させるというのが徹底されています。
みのりは到着後からもうそれはノリノリで、全く人見知りせず。どんどん自分で部屋に入っていって、幼稚園のお兄ちゃんお姉ちゃんたちに混じって自分も遊ぼうという意欲満々でした。多分、年上のお兄さんお姉さんが大好きなので、ウキウキだったんですね。残念だったのは、如何せん、水泳の前に行ったので30分強しか滞在できなかったこと。創作に参加はできませんでしたが、お暇するまでの間、とっても楽しそうでした。近所の幼稚園のイベントにも参加させてみようかな、と思ったくらいです。
この日の幼稚園訪問はかなりグッときた様子のみのりですが、一番記憶に残っているのはグループ製作の大きな新幹線かと思いきや、水族館創作にあった紙粘土細工のヒトデ。「青いヒトデがあったね。オレンジのヒトデがあったね。小さいヒトデがあったね。」って、ヒトデしか印象に残ってない?!
先日、内田樹先生の『街場のアメリカ論』を読んで浮かんだ素朴な疑問。
アメリカにおいて、キリスト教による束縛はたいへんに強いものです。例えば、ブッシュ政権のチェイニー副大統領はユダヤ人です。仮にジョージ・ブッシュが急死した場合、副大統領が大統領の代行を務めるわけですが、そのとき、チェイニーは『聖書』に手を置くことができるのかという問題があります。ユダヤ教の聖典は『旧約聖書』であって、『新約聖書』をユダヤ人は聖典として認めていません。映画での裁判のシーンを見るとお気づきでしょうが、証言台に立った証人は必ず『聖書』に手を置いて宣誓することを義務づけられます。これは建国に際して政治的なプロトコルを定めたときに、アメリカにはキリスト教徒しかいなかったから、キリスト教徒以外の宗教信徒を市民として遇する「伝統的に正しい方法」が存在しないということを示しています。(第9章 福音の呪いの205ページより抜粋)
そもそもチェイニー元副大統領がユダヤ系かという点については、内田先生ご自身がブログにて訂正を出されています(しかも、上記抜粋部分の大半について誤りを認めて削除、とおっしゃっているので、それはそれでチェイニーの例は当てはまらないということでOK。)それでも尚、仮に米国でキリスト教系以外の宗派の大統領が誕生することがあったならば、新約聖書に手を置いて宣誓するのかどうか、の疑問は解決しません。無論、キリスト教系以外は圧倒的少数派なので、大統領選を戦うには圧倒的に不利で「あり得ない」と言ってしまえば元も子も無いわけですが・・・。
一般に聖書に手を置く儀式は「伝統」と書かれていますが、「伝統」の拘束力が、或いは呪縛がどの程度強いのか不明。政治を研究する人に聞いてみても、「そういう人が大統領になったときに考えるんでしょう」と言われ、その点には納得したけれど、どうにも疑問の解消には至っておらず、なんです。どなたか詳しい方がいらっしゃれば、是非教えてください。(ちなみに政教分離についてはこちらにQ&Aがありました)
ところで、この本を読んで初めて知ったのは、リンカーンとマルクスのつながり。内田先生はリンカーンの奴隷解放宣言(1862年)のときにカール・マルクスが祝電を送った(第1章 歴史学と系譜学 37ページ)、と記されており(←色々見ていると奴隷解放宣言ではなくゲティスバーグ演説(1863年)のとき?)、歴史上の超有名人2人のつながりを全く知らなかった私。こういうのはよく調べている方がいるので、詳しい時系列や背景はお任せして、雑学でも何でも、こういうことを知ると、歴史って深いなぁと感じるわけです。強迫症気味の私には年号を覚えるのは難しいというより精神的に苦なので、世界史は取得しませんでしたけれど(さぼっただけ)、いい年の大人になってこういうのを知るのは単純に面白い、ということ備忘録として書いておきます。
入浴中にふと思いついて、アンパンマンの『勇気りんりん』という歌の「それいけぼくらのアンパンマン」という最後フレーズの3音「アン・パン・マン」のところ(主旋律がハ長調シ・レ・ド、はもりがシ・ファ・ミ)をみのりとはもってみることにしました。1.みのりが主旋律を維持できるか、2.はまった音を理解できるか、を試してみたわけで、1発ではもれましたよ~♪繰り返すたびに自分の主旋律をしっかり歌うようになるし、これから歌を一緒に歌うのがますます楽しみに。
ちなみに昔、ソプラノだった私は簡単であろうが難しかろうが、本来、主旋律の下の音をとるのが苦手なので、上の音をとるクセがあります。みのりに音感があることを実感できたのが嬉しいなぁ。
今日は節分なので季節行事として「豆まき」をやって恵方巻き(気分の海苔巻き)をおやつで食べたみのり。鬼の役は本部から男の人がやってきて担当する、と聞いたことがあるので、「今年の鬼さんどんな人かなぁ?」とうちで話していたら「違うよ。○○先生が鬼の役だよ」というので、連絡帳に書いてみました。どうやら前日の練習のときに○○先生が鬼の役を担当したみたいです。今日は別の(多分男の)人が鬼役を演じたそうで、当然子どもの中には怖がる子もいます。
みのりに今朝、「みのり、怖いって泣いちゃう?」と尋ねると、「ん?!泣かないよ」と言ってたので、保育士の先生に聞いてみると、仲良しの女の子が怖がってるのを見て、「大丈夫?△△のおうちに帰る?」となぐさめていたそうな。3歳にしてすでにいい格好しいです。
節分というと豆まきと恵方巻き、かと思いきや、今日ランチを一緒にした東京出身の友人に、関東では恵方巻きは食べないと言われ、ちょっとびっくり。恵方巻きって関西文化だっけ・・・??
ところでみのりですが、インフルエンザ療養中から特にスピードに乗って劇的進歩を遂げているのがパズル。もともと好きなタイプの遊びなのに、何故か夫、ステップ2から買い与えたのでいきなり9ピース、12ピース、16ピース、20ピースを完成なんてできっこありませんから遠ざかっていました。反省してステップ1(2ピース、3ピース、4ピース、6ピース)を買い与えたところ、自分の力で完成できるのが嬉しくてあれよあれよという間にステップ2の20ピースも自力で完成出来るし、スピードも上がってきました。今晩もこんな感じで何度も繰り返しやってます。でも複数の箱のピースを混ぜちゃうので時々1、2ピースどこに行ったかわからなくなると、
「ママ、一緒に探してあげてよ(←ちょっと変)」というので、
「じゃあブロッコリー食べるなら一緒に探したげる(笑)」
「みのくん、ブロッコリー、食べないよ。ママ、一緒に探してあげてよ」
「ブロッコリーは?」
「食べない」
「じゃあ一緒に探さないから自分で探して」
「ママ、一緒に探してあげてよ」
…。
ポイントは「一緒に」です。時々笑っていいよと言ってしまいそうになります。
別パターンとして、あと1、2ピースで完成できないときに、
「ママ、一緒にやろうよ」または「ママ、1個ないよ」
で、しばらく見ていると、「あった。できた・・・」となるわけです。
丸1週間ぶりの家族での外出、なんて大層なことはできず、とりあえず社会復帰に向けてリハビリ中のみのりと夫の散歩を兼ねて近所の手打ちうどんのお店、「麺き(“き”は七3つ) やしま」(食べログはこちら)へ行ってきました。代々木公園へ行ったり神山町、公園通りへ歩いて行くときに外に列ができているのを見かけ、夫から「道玄坂 宇田川町 にあった有名な愛媛うどんのお店が引っ越してきたんだって」と聞いていて、場所と存在は認識していましたが、行ったのは初めて。順番は4組目ぐらいでしたが、丁度回転のよいときだったようで、そんなに待たずに入店できました。
評判のゲソ天を食べたいけれど四国のうどんならぶっかけでしょ?と「生じょうゆあつあつ」というのは外せないと思い、ゲソ天と野菜天をサイドにしてみました。みのりはかけ(温)、夫はゲソ天うどん(温)。かけとゲソ天うどんの違いはというと、ゲソ天が別皿でついてくるか来ないかだけです。お店の方は量の多さを心配してましたけど、結局、家族3人で完食。さすがにかなりお腹が重いです。
私はかけのつゆを飲んでませんが、讃岐うどんのハナマルうどんに比べると甘さなどが控えめのようで、みのりは一口しか飲みませんでした。でも麺食いのみのりはやしまのうどんを一口食べた瞬間から虜になったようで、とっても満足そうに美味しそうにかなりの量を平らげていました。四国系のしこしこ麺が好きなんですねぇ。
ところでこちらのお店、味については賛否両論のようですが、うどん本来の味が楽しみたい人にはお勧め。関東風のしっかりした濃い味のつゆが好きな人には物足りないかもしれません。でもここは愛媛出身の手打ちうどん屋さん。四国という地域が同じだからといって、讃岐うどんと同列に扱うのはどうかと思います(ちなみに公正取引委員会が制定した公正競争規約(さぬきうどん規約)というものもあるようです)。私から見ると、京都と大阪と神戸の味付けが同じといってるようなもの(苦笑)。
食べ物って要するに食べてみてその人が好きかどうかですから、手打ちうどんでつゆが甘くないものが好きな人、フンワリと揚げられた天ぷらが食べたい人にはお勧めのお店です。







