October 23, 2003
[日経ネット時評] 秋の悲しみ――システムとひとの望ましい関係 [情報技術]
2003/10/23付 関根千佳氏の記事の論旨は
筆者自身の新幹線の予約変更の際に接したJR職員たち,
機械的に買いなおしを求める窓口と救いの手を入れてくれる老車掌との両者から受ける印象を対比させて,
顧客満足のためには,こころのこもったサービスこそが求められる,
という主張だ.目指すべきイメージはきっと私とかわるはずもないのだが,そこに至るまでの手段には異論あり.
願わくは、車掌さんの使う端末が、より使いやすく、ユニバーサルデザインのものとなり、経験や気配りを生かせるものであってほしい。
もちろんいいユーザインターフェースの端末や予約システムの改善を志向してもいいのだが,今の問題はそうしたIT技術の問題ではきっとないだろう.
・接客時に心の余裕をもって接することが可能な組織体制を作っているか?
の一点にかかってるのじゃないだろうか?実際,
かなり年配のその車掌さんは、私の、無駄になった2枚のグリーン券を見て、実に申し訳なさそうな顔をした。「おやまあ、お客さん、もったいねえことしますたですねえ、わたすにいってくだすったら、変えてさしあげたですに」。東北なまりの優しそうなものいいに、私は涙ぐみそうになった。
この気の利いた老車掌はそのような高級な端末はもたないでいいサービスを実現してるではないか.ちょっと「ネット時評」というタイトルに引きづられて,筆者が無理やり出してきた結びであると感じた.
常々疑問なのだが,鉄道会社の駅員さんってどこに行っちゃったんだろう? あとどうして?
「どうして」の一端は省力化だろう.
どんどん省力化され,改札は自動改札となり,発券は自動券売機とほぼ無人に近い.
ただ,そうして省力化されたからといって別に運賃が安くなってる訳じゃないし,駅員がどこか違うところで顧客満足を追究してるにしては劇的に何かが変わってる印象は別にない.
うがった見方をすれば,買わなくてもいいおもちゃ(省力化装置)にお金を使いすぎて,逆にコストを押し上げており,人員を現場から削減せざるを得ない,ととれなくもない.
「どこに」については,想像するに,決して儲かるとは思えない多角化事業に投入したり,調整等の事務仕事を増やしてるだけなんじゃないのだろうか.「こころのこもったサービス」を現場で行ない続けるのに必要な人員を現場から削っておいて.
大きく外れてるであろうか?
省力化は,その目的と手段がうまくかみ合わないで来てるようにしか見えない.
翻って,「いいユーザーインターフェースの端末を作る」のは,そもそもの「こころのこもったサービス」という目的に向けて,有効な解決手段に位置付くものだろうか?
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